AI時代だからこそ、大切にしたい「実践的な経験」

 各大学では前期の授業が終わり、集中授業や宿泊を伴うサマーセッション科目が実施されていることと思います。サマーセッションは「授業」ではありますが、仕事や家事などの義務から離れた自由な時間(余暇)や、その時間を使って楽しむ遊びや気晴らしの活動を伴った、「自らが能動的・主体的に学ぶ体験学習」の科目が多く開講されているのではないでしょうか。

 私が担当している「キャンプ実習(3泊4日)」は、「はじめてのキャンプ」という科目名で、その名のとおり、「はじめてキャンプをする」学生を対象として開講しています。キャンプの実践を通じて、ルールやマナー、基本的な技術を学び、「キャンプ」を楽しむ力を養うことが目的です。つまり、サバイバルキャンプに代表される“ガチキャン”とはかけ離れ、“ゆるキャン”(ゆるいキャンプ)に近い授業です。

 キャンプブームが到来したとはいえ、まだまだキャンプへのハードルが高いことは否めません。さまざまな研究により、大学におけるキャンプ実習が社会人基礎力に与える効果は高いことが報告されています。そのため、「はじめて」の経験は記憶に残りやすく、興味や視野を広げる大きなきっかけになります。反対に、「はじめて」の印象が悪いと、その後の経験につなげることが難しくなります。その「負のスパイラル」は、周囲の友人や家族、兄弟姉妹、そして将来の家族に至るまで広がる可能性があると考えられます。

 本科目の履修対象者は、全国7キャンパス、23学部62学科の学生です。100名を超える希望者から選ばれた41名の学生が参加しました。当然、履修者の所属キャンパスや学部・学科、学年はバラバラです。事前ガイダンスは対面とオンラインのハイブリッド形式で実施、実習要項は事前にメールで配信、従って、実習初日まで参加者全員が顔を合わせることはありません。ちなみに、要項内の参加者リストには、学年が分かる学籍番号は記載しません。キャンプに学年や学部は関係ありませんので、余計な先入観を抱かせないためです。1日目夜のミーティングで、初めて参加学生の所属キャンパス、学部、そして学年を紹介します。すると、それまでタメ口だったグループ内で急に敬語が出てきたり、学生同士の距離感が変化したりする様子がリアルに見て取れます。

 そのような41名の学生同士がコミュニケーションを取りやすいよう、11のバンガローに分かれて宿泊し、6つのグループで野外炊事を行います。また、2つのグループに分かれ、山と湖、それぞれで活動を行いながら、3泊4日の実習を進めます。初めてづくしの、テント設営、薪割り、火起こし。普段から料理をしない学生は、調理を避けて火起こしや洗い物を担当します。ふと見回すと、女子学生に仕切られ、包丁を持った男子学生が多かったりもします。また、ピーラーの使い方が分からず、他の学生に尋ねる姿もあります。

 学生の主体性や社会性は、さまざまな活動を通して自然と育まれていきます。実際に人と関わり、体を動かし、自ら考えて行動する経験の重要性を、身をもって理解できるようになります。例えば、1日目には準備から片付けまで2時間以上を要していた夕食にもかかわらず、3日目には1時間半で終えられるようになり、半数ほどの学生はシャワーを浴びる余裕も生まれてきます。互いにコミュニケーションを取り、試行錯誤を繰り返すことで、学生たちは自分たちなりの「最適な方法」を自発的に身につけていくのです。

 一日一日と実習が進むにつれ、学生からもいろいろな話を聞くことができます。3日目の夕食準備中には、隣県出身で大学の近隣で一人暮らしをしている女子学生から、こんな人生相談を受けました。

 彼女は普段、全く料理をしないそうです。アパートには鍋すらなく、食事はコンビニやスーパーのお弁当。週に1回は実家に戻り、冷凍食品を持ち帰るため、日々の食事には不自由していないと言います。しかし、来年は卒業年度。「実家には帰りたくないけれど、料理ができないので一人暮らしには不安がある。両親は実家に戻ってくることを切望している。将来を考えると少しくらい料理はできるようになりたいけれど、まだそこまで焦る環境でもない。先生、私、どうしたら良いのでしょうか」。一概に答えを出せる相談ではありません。私はただ、「少しぐらい料理はできると世界が広がるよ?」と伝え、自分自身の一人暮らしの経験談や生活の知恵などを話しながら、彼女と一緒に野菜を切りました。

 通常の大学生活(キャンパス内)であれば、このような相談を受けることはまずないでしょう。しかし、そんな本音までふと漏らしてしまう不思議な力が、キャンプにはあるのだと思います。スマートフォンを片手にAIに答えを求め、SNSの反応を過度に気にする学生が多い現代において、夜遅くまで生身の言葉で語り合っている学生たちの姿は非常に微笑ましく、ついつい就寝時間を過ぎても大目に見てしまいます。

 また、こんな出来事もありました。ある学生が、午前の湖プログラムが終了した時点で、「スマートフォンがない」ことに気づいたのです。最初は「誰かが間違えて持って行ったのではないか」と、周囲の友達に聞いて回りました。しかし、誰も持ち去ってはいません。電話をかけてみると、「電波の届かないところにあるか、電源が入っていない」との音声ガイダンス。次に考えられるのは、湖への水没でした。午後のプログラム開始時に、みんなで水面を探したところ、幸運にも岸から1メートルほどの水底で発見されました。電源も入り、一件落着です。どうやら、ポケットに入れたまま湖に入り、落としてしまったようです。その学生は、「スマホに踊らされていた自分に気づきました。これからは必要以上に持ち歩きません」と言い、それからは本当に電源を切ってカバンの中にしまい込むようになりました。私が「保護者さんが心配するから、電源だけは入れておいたほうがいいのでは」と伝えると、「朝、メールで電源を切ることも伝えたので大丈夫です」とのこと。スマホがない環境を自ら選び取り、「スマホがないと、友達といっぱい話ができます」と、笑顔でデジタルデトックスを始める姿が新鮮でした。

 毎年のことながら、この4日間の実践を通して、学生が能動的に学ぶ「体験の場」の必要性について改めて考えさせられます。AIから得られる知識や情報は、今後ますます身近で便利なものになっていくでしょう。しかし、学生同士で教え合い、失敗し、試行錯誤し、夜遅くまで語り合う中で得られる経験は、決してAIからは得られないものです。 

 AIが瞬時に知識や答えを与えてくれる時代だからこそ、大学教育には、あえて答えのない場面に身を置き、人と関わり、失敗し、考え、試行錯誤する時間が必要なのではないでしょうか。学生たちが自ら手を動かし、仲間と語り合い、ときには予定外の出来事に戸惑いながらも、自分たちなりの答えを見つけていく。そんな「実践的な経験」の場を、これからも大切に守り、提供していきたいと思います。